ラベル Buran の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Buran の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012/04/28

スペースシャトル、今度こそ最後のフライト?

おんぶ on Boeing 747で、星条旗と自由の女神をかすめるようにニューヨークの空をゆく。



僕ら素人が「スペースシャトル」と呼ぶ、飛行機みたいな形をした軌道周回機(Orbiter)は全部で6機。Discoveryがスミソニアン博物館に展示されることになったので、それまで同所にあったEnterpriseはニューヨークのイントレピッド博物館へお引っ越し。
イントレピッド海上航空宇宙博物館は、太平洋戦争で日本軍の魚雷や二度の神風特攻を受けながらも沈まず、また朝鮮戦争でも再就役した空母イントレピッドが退役したあとマンハッタンに係留して博物館に転用されたものなんですって。でけえ。
これ僕ら日本人だと傍観者の域を出ないけどもアメリカ人が見たら誇らしい光景なんだろうね。

一方ロシアはイカダで運んだ。

Pictures of Russian Space Shuttle Buran floating down the Rhine

うそ。これ機体自体はロシアのBuranだけどドバイかどっかに展示されてた実験機をドイツのシュパイアー技術博物館まで運ぶとこだからロシアあんまり関係ない。

2011/10/27

政治に翻弄される。

こんなの買ってみました。PayPalの即時決済で5,688円。

SPACE SHUTTLE BURAN HEAT SHIELD THERMAL BLACK TILE



Buran計画はソ連崩壊とともにうやむやに立ち消えとなった儚い有人往還機の夢。
せっかくだから出品者に「これ実際に飛んだやつから取ったの?」と聞いてみた。
いわく「計画自体が中止になっちゃったから作ってる途中の個体から取ったものだよ。実際に宇宙に行ってきたやつはカザフスタンのバイコヌール宇宙基地に保管されてたみたいだけど、数年前に格納庫ごと崩れて壊れちゃったから部品を取るのは難しそうだなぁ」だそうです。

Buran Orbiterは、まず実験用の実物大模型や試験機が計8機製造された。

----
1号機:実物大試験機
各種部品や打ち上げるロケット"Energya"とのフィッティングや静的負荷試験に使用。しばらくバイコヌール宇宙基地の野外に放置されたのち、2007年から現在は同基地内の博物館に展示。

2号機:実物大空力実験機
実際に25人を乗せて大気中を試験飛行した。2000年のシドニーオリンピック期間中、会場に展示。その後2002年から2007年までバーレーンで保存され、現在はドイツのシュパイア技術博物館で常設展示されている。

3号機:実物大モックアップ
電気電子系試験用。モスクワ近くのコロリョフ設計局に保管されている。

4号機:実物大モックアップ
マニュアル作成と訓練用。ロケットとの接続試験も行なった。バイコヌール宇宙基地に保管。

5号機:試験機(機体構造の一部のみ?)
次世代機のための振動や耐熱試験を行なう予定だった。現在は消息不明。

6号機:ペイロード試験機
宇宙空間を模した"environmental chamber"(人工環境室)でペイロード(貨物)の各種実験を行なった。現在はモスクワ近くのНИИХИММАШ(発音不明)試験施設に保管されている。

7号機:実物大試験機
静的および動的飛行負荷試験、振動・耐熱試験
モスクワのゴーリキー公園に展示。耐熱タイル部分は木製のフェイクで覆っていたが、雨ざらしで傷んできたため剥がし取り、現在は金属の機体に直に黒ペンキで塗って遠目に見るとタイルが貼ってあるような外観になっている。

8号機:実験機(一部のみ?)
真空試験、耐熱試験等を行なったが、その後は不明。
----

ここから先は実用機、またはその予定だった機体。

----
1号機:ブラン、またはブラーン
生命維持装置等は搭載しないまま無人で試験飛行、約206分で軌道を2周して無事に戻ってきた。
この個体がバイコヌール宇宙基地"Site 112"ので保管中に暴風で格納庫(hanger housing)ごと崩壊。Orbiter損傷のみならず作業員8名も死亡の惨事。すくなくとも2008年前半の時点では依然として瓦礫の山に埋もれたまま。

The Buran Space Shuttle.

2号機:プチーチュカ(小鳥の意)
95%程度まで完成していたが、残りわずかな電子電気系の搭載を待たずして計画消滅。1991年に無人で初飛行、1993年には生命維持装置を搭載して有人飛行の予定だった。バイコヌール宇宙基地内のMIKビルに保管されている。プチーチュカはBuran Orbiterの一般名詞になるはずだった。

3号機:名称未定
計画変更後、1995年に初の有人飛行予定だったが4割程度しか完成していない。モスクワのTushino factoryで雨ざらしになっている。2004年ごろNPO Molniyaへの移送や前出のシュパイア技術博物館に売却される可能性が報じられたこともあるが、すくなくとも2009年までは当時の状態から変わっていない。

4号機:名称未定
有人飛行の2号機として運用される予定だった機体。計画が消滅した時点で2割ほど完成。これもモスクワのTushino factoryの野外で雨ざらし。取り外された耐熱タイルがネットオークションに出品されている。←こいつか!

5号機:名称未定
有人3号機として運用予定だったが未完成のまま分解されて現存しない。
----

オマケ。窓んとこ。約30万円。

BURAN PORTHOLE very rar Space Shuttle Buran Baikal

2011/09/14

猛吹雪という名の宇宙往還機。

しばらく前に、とあるオークションサイトにアメリカの宇宙開発グッズが大量に出品されたんです。

RR Auction: Browse Gallery :Space & Aviation

その中に大気圏再突入時にオービターの機体を保護する耐熱タイルがあったの。でも「このアイテムに入札できるのはアメリカ国籍をお持ちの方だけです」って言われちゃった。たしか最終的にUS $300ちょっと超えたと思う。

で。
旧ソ連にBuran(ぶらん)という、通称ソ連版スペースシャトル、つまりは宇宙往還機計画がありまして、こちらはタイミングがソ連崩壊と重なってしまったために計画そのものがなんだかうやむやになってしまったかわいそうな宇宙機。
今はドイツのシュパイアー技術博物館に実機が展示されてます。

Spaceshuttle BURAN

Buran on Rhine 9

…なんだかシュールな画。どんぶらこっことライン川を下って運ばれてきた。
前置きが長くなりましたが、そのBuranの激レアグッズがeBayに出品されてるのです!

SPACE SHUTTLE BURAN HEAT SHIELD THERMAL BLACK TILE

Buranがアメリカのスペースシャトルと同じようなThermal Protection System(耐熱保護システム)で設計されているならば、おそらくタイルの材質やら製法も似たようなもののはず。スペースシャトルの機体下面、黒い部分に使われているのは発泡成形された表面を"Reaction Cured Glass"=釉薬(うわぐすり)状に改質された酸化ホウ素ケイ素ガラス(パイレックス等、熱膨張率が低い耐熱ガラス)で1,260℃程度まで耐えられる。なおかつ非常に軽量で1m^3あたり140kgしかない。つまり水に浮く。
以上Wikipedia(英語版)情報。
表面を改質させるのはアブレーション冷却(材質自体が固体 -> 液体 -> 気体になることによって断熱、融解熱や気化潜熱で内部を守る)のためかな?

はい、その逸品が約6千円でございます。
買う?

この手のものに興味がない女子に話してみたら「…買ってどうすんの?」と聞かれたが、そりゃ飾っとくだろうよ。模型とか飾るだけで直接何かの役に立たないものはいろいろある。

以下オマケ。

打ち上げと大気圏再突入のとき宇宙飛行士が着用する与圧服。

RUSSIAN SPACESUIT STRIZH BURAN SPACE SHUTTLE RARE!!!!

なんだこれ?aileron(エルロン)=補助翼?主翼に付いてる可動翼の一部みたいです。

Buran Space Shuttle Large Aileron Rare
デルタ翼機など、構造上水平尾翼のない飛行機では、主翼にエレベーターとエルロン(aileron)の機能を兼ね備えたエレボン(elevon)と呼ばれる動翼を有する。
なるほど。
で、なんでこんなもんがカナダにあるんだ?

さらにオマケ。
こちらはアメリカのSpace Shuttle Main Engineのノズルのみ。

GENUINE ROCKET NOZZLE USED IN THE U.S. SPACE SHUTTLE PROGRAM MADE BY ROCKETDYNE

Rocketdyne社製のテスト機?エンジニアリングサンプル?青いペンキで何か書いてある。非売品とかそういう意味合いに見えるんですが。。。

ちなみにBuranをスペースシャトルのパクリとか言うのは実に的外れで、この有翼の宇宙往還機というアイディアは、フォン・ブラウンの師匠としてもおなじみヘルマン・オーベルトのドイツ宇宙旅行協会に在籍していたオイゲン・ゼンガーによるものらしい。
90年代にはESA(フランスが率いるヨーロッパ宇宙機関)にエルメス、日本の宇宙開発事業団(NASDA)と航空宇宙技術研究所(NAL)(当時、いずれも現JAXAに統合)のHOPEというパッと見で似たような計画はあったようです。どちらも残念ながら技術的な困難と資金難で実現しなかったけどね。